「 最後に伝えたかったこと 」
あの日、あの時、
こんな経験をしながら過ごしていた。
そして今も
残された人達がいるのです。
もも

スタッフ
この道に入って20年・・・。早いものです。
カウンターがあるウチの店には、色々な方との出会いや話が聞けるという利点がありました。
そしてこのブログでも色々な方とお話しできたら、と考えています。
ぜひ書き込みお願いしますね。
今夜もどんなお客様と出会えるか、楽しみです。
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あの日、あの時、
こんな経験をしながら過ごしていた。
そして今も
残された人達がいるのです。
もも
忘れたい三月十一日。
忘れてはいけない三月十一日。
決して忘れない三月十一日。
あんなに不安な夜は無かった。
あんなに星が綺麗な夜は無かった。
あんなに人との繋がりを感じた日々も無かった。
腹の奥底にある不安を押し殺しながら過ごした日々。
何処へ逃げる。
何処へ行ける。
連れて逃げるにもガソリンが無かった。
自分の無力さを感じた日々。
あの時こうしてれば良かった
これで良かったのか
未だに答えなど見つかる訳がない。
避難勧告を出してくれたなら…
スピーディの結果を潤滑に報告してくれたなら…
人のせいにするのはやめよう。
前を向いて歩こう。
ただ、
今日という一日は忘れない。
二万人の犠牲と
約四十万の避難者と一緒に歩んだ一年。
今日は
頑張ることを忘れて
ゆっくり過ごそう。
亡くなった方々に黙祷を。
避難している方々に暖かいことばを。
もも
今日から3月。
日に日に
温かくなってくるのを感じますが
朝晩はやっぱり冷え込みますね。。
今年の11日はどんな一日になるのでしょう
各地で慰霊祭や各種イベントがあるのでしょうし
去年の映像が各報道で流される事でしょう。
またあの日がやってきます。
。。。。。。。。。。
あっという間の一年。
一人ひとりが
様々な想いや経験を踏んだであろう一年。
失った一年。
得た一年。
今だ癒えぬ傷を
心に抱えている人も多いと思います。
。。。。。。。。。。。。。。
2月29日。
4年に一度しか来ないこの日。
普段よりも一日多い2月を
「日本人が3月11日を迎える為の予備日」だと考えたなら
惜しくも亡くなってしまった人達への
鎮魂の時間が増えたと考えたなら
とても意味のある日になったと思います。
この日が無ければ
今年の3月11日は日曜日では無かった。
。。。。。。。。。。
先日、駅前で
調理師会の新年総会がありました。
窓の外に見えるビル群を見て感じたのは
「 あの大きな地震に耐えうる事が出来た”この建物達”は
人間が今まで様々な地震を経験し、
それを乗り越えてきた証なのかも知れない 」という事。
「 人間がこれまで行ってきた報い 」だとか
「 神様が与えた試練 」だとか言う人がいますが
地球が生きている中で
地震は必然であり
それを乗り越えてきたのが人間なのだと思いました。
でなければ東北のビル群の大半は
M9の大地震で崩れ去っていたでしょう。
経験と学習。
そして進化。
人間は強い。
。。。。。。。。。。。。
復興イベントで避難している人達と話したり、
仮設で炊き出しをしながら考える事。
八つ当たりしたい時は当たって構わない。
怒りたい時は一緒に怒って、
鳴きたい時は一緒に泣いて、
笑えるようになったら
僕達と一緒に笑えばいい。
ムリなんてする必要など
ドコにも誰にもないんです。
少しづつ顔を上げ、
少しづつ歩こう。
少しづつ笑おう。
被災した人も、そうでない人も
「がんばろう」を一休みして
11日を迎えましょう。
12日になって、
そこに居たければ
も少しそこに居ればいいですし
もしも気が向いたなら
一緒に歩き出しましょう。
まずは笑顔から始めよう。
少しづつ、
少しづつ。
もも
相変わらず、
忙しい日々を過ごしています。
調理師会であったり、
浅草へお邪魔して福島の地酒を紹介して売ってみたり、
炊き出しをしたり、
ある意味、充実しているのかも知れませんね。
でも、
ずっと書いて(吐露して)きたブログが
これだけ長期間疎かになっているのは、
別の意味があります。
一月の末にまちなか広場で行った
「イベントでの出来事」も
その気持ちに拍車を掛けたのかも知れません。
ちょっと今はまだ
楽しいブログを
僕は書けません。
まだ何ひとつ終わっても
まだ何ひとつ片付いてもいない現状で
僕はまだ[普通]を探しています。
もも
多忙な1週間(2週間?)を過ごしております。。
先日の日曜日は
浪江町から福島市内に来ている方々への
炊き出しのお手伝いと並行して
綜合調理師会の新年理事会と料理講習会。
26日は福島学院大学での料理講習会。
もちろんその打ち合わせ(と言う名の呑み会?)を
連日行いましたよ( *´艸`)クスッ♪
で、
今週の日曜日は
1万人規模の復興イベント!
福島中心部の4会場で
福島県を応援するイベントが行われます。
その中にウチの店も参加させてもらうのですが
その準備に追われて
毎日4時過ぎまで仕事をしています。。。
ウチの特許取得のおにぎりや
【焼岩海苔】を使ったアツアツのお味噌汁をお出しする予定です!
もし日曜に
まちなか広場にいらっしゃるのであれば
ぜひお顔出してくださいねщ(゜ロ゜щ)カモーン。
詳しくご紹介したいのですが
なにぶん時間が・・・
なんだか今日から31日までに
地震が来るとか来ないとか。。。
イベント中とか営業中とか深夜とか
勘弁ですよ~(;´Д`)
(結局いやなんですよね)
もも
昨日、
大阪と京都から
福島の除染に来てくださっていると言う方々が
ご来店くださいました。
皆さんは17年前の阪神淡路大震災も経験しており
その時の話も聞く事も出来ました。
帰りがけ、
『 また帰ってくるから!! 』
笑顔でそう言ってくださいました。
福島の復興は除染から。
今、福島はいろんな方々に支えられています。
感謝です![]()
![]()
。。。。。。。
17年前、
僕は
恥ずかしながら募金しか出来ずに
その「募金した」という安心感だけで終わってしまったのです。
被災者。
被災地の一人となった今、
『 なぜあの時もっと動く事が出来なかったのだろう 』と
後悔先に立たず。
です。。。![]()
。。。。。。。。。。。。
今週の22日も炊き出しがありますが
調理師会の理事会や
学院大学での講習会打ち合わせなどの為
僕は参加できません。。
毎年
1月・2月は何かと物入りで
身体が空きませんね。。。![]()
。。。。。。。。。。。
炊き出しの時に
『 やらせてもらっている 』と言う事を教えてもらえました。
最近になって思うんです。
仕事だって
会の役職だって
『 やらせてもらっている 』んだって。
自分から手を上げて
『 俺がヤル 』なんて人は
そういないのではないでしょうか。
企業家は別ですョ。![]()
でも大概は
周りにいる仲間や
家族などに支えられて
『 やらせてもらっている 』
あとはその役職を
任期満了まで
精一杯やらせてもらうだけなんだって。
~ 今自分に出来る事を精一杯。 ~
悔いの残らないように。
もも
完成しました。桃の井謹製二段重おせち。
毎年、
当店のおせちには「説明書」なる物をお付けしています。
おせちに入っている食材やその意味、
語源などを書いてお付けしているのですが
総括として「あとがき」を書いています。
おせちの「掛け紙」に
自分の考える一言や
祝詞や賀詞などを添えるようにしていたのですが
今年ほど迷った年はありませんでした。。。
おせちの仕込みや
献立を考えるのは毎年9月。
おせち自体、造って良い物かどうか大いに悩み
『 今年は造らない方が賢明ではないのか 』
スタッフと悩みぬいたのも事実でした。
しかし、
多くのお客様からの「応援のお言葉」やスタッフの気持ちから
『前向きに生きよう』と、おせちの作成を決断したのが11月。
掛け紙の一言やあとがきを最終的に印刷したのは12月27日の事でした。
。。。。。。。。。。。。
悩んだ末に
僕が掛け紙の一言に選んだのは『 福(ふく) 』。
『招福』『福運』『福気』
そして何より
心から愛する『福島の福』を表し
「その福が福島に到(いた)るように」と願いを込めました。
。。。。。。。。。。。。
今回、初めてお付けした「起き上がり小法師(こぼし)」は
会津坂下町の曙酒造さんにお伺いした後
会津鶴ヶ城で買ってきたものです。
「何度でも立ち上がろう。」
「福島人なら何度でも。」
そんな気持ちを共有したかったから。
。。。。。。。。。。。
始まったばかりの2012年ですが
良い事ばかりでも
悪い事ばかりでもないはずです。
前向きに生きて
転んでも手と手を繋ぎ合って
共に生きていきましょう。
まずは
出来る事から初めて行きましょう。
僕達も一歩一歩進んで行きたいと思います。
味乃桃の井 代表 桃井優吉
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