プロフィール

フォトアルバム
スタッフ

この道に入って20年・・・。早いものです。

 カウンターがあるウチの店には、色々な方との出会いや話が聞けるという利点がありました。

 そしてこのブログでも色々な方とお話しできたら、と考えています。
 ぜひ書き込みお願いしますね。

 今夜もどんなお客様と出会えるか、楽しみです。

最近のトラックバック

もっとお店のブログを見る

« 2011年3月 | メイン | 2011年5月 »

2011年4月

2011年4月30日 (土)

福島市に要望。


放射能から子供達を守るべく
僕の友人たちが立ち上がりました。

以下はその友人からのメールです。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

福島市では
国の決めた3.8μSvを超えた学校で学ぶ生徒が
数千名に上ります。

そこで福島市の子供達を放射能から守るため、
市長にお願いに上がることにしました。

そのための団体を組織したり、他の団体と連立を組むとかではなく、
【 個人的に 】お願いに上がります。

皆さんもご一緒しませんか?参加は自由です。
いきなりの参加も歓迎します。

日時 5月2日(月)午前10時
場所 福島市役所7階フロアーに集合

当方がお願いしたい内容は…

1 基準値を超える学校での授業を安心して受けられるようにすること。

2 妊婦や赤ちゃんへの影響を調査し、早急に適切な対応をとること。

3 国の判断を待つという理由で緊急の問題を先送りせず、
  市の判断ですみやかに実施すること。

…です。
皆さんもご自分の願いを声に出して市長に伝えて下さい。

多くの方にこのメールを転送してください。
心をひとつにして、福島の子供達をまもりましょう!!!

。。。。。。。。。。。。。。。。


原子力発電所から遠く離れた福島市。


3月11日から50日以上も経っていると言うのに

原子力発電所が出す放射能におびえる生活をしているのは
他の県とは違うところです。


今、福島県の各学校では
放射能線量が高いと言う理由で
校庭などでの屋外活動を1時間程度に制限している学校があります。


福島市では第三小・御山小を始めとし、
小学校3校、中学校4校幼稚園保育所3園の
計10校が制限の対象となり、

更に24日の県の調査により、
「新浜公園」及び「信夫山子どもの森公園」の2施設に於いても
国の示す基準を超えることが明らかとなりました。

国の声が掛かるまで待っていたのでは
子供達の安全は守れない


そう判断をした友人が今
福島市民に声を掛けています。

お時間のある方、
無くても時間を作って参加したいと言う方。

是非今度の月曜日
市役所にお集まりください。

”子供”を守るのは
僕達”親”しかいません。


もも

明日の炊き出しは

明日の炊き出しは
伊達市梁川体育館へ行きます。

雨の予報が出ていますね。。


初めて行った時は240名でしたが
明日は160名だそうです。


この数字だけを見ていると「減ってきたな」などと感じますが


160名がまだ避難所暮らしを続けていて
プライバシーの無い中過ごしているのだと言う事。


その数160名。


そう考えると
まだまだ復興への道のりは遠く感じます。。。

早く
仮設住宅や旅館などへ移動が出来る事を祈りつつ

その時まで
炊き出しが出来るように頑張りたいと思います。


避難している方々が食べている物は
決してバランスが良い食事とは言えません。


~白いご飯にシャケと竹輪の天ぷら半分。~

~白いご飯にコロッケとウインナー1本。~


椅子もテーブルも無い場所で
皆さんそれだけを食べていました。


ぜひ各会員のお店に置いてある
【 炊き出し募金箱 】へのお気持ち

よろしくお願いします。 


本当は
早く元の生活に戻って

避難している方々にとって
炊き出しなど必要なくなれば一番良いのですが・・・


        もも

2011年4月28日 (木)

G・Wの営業

ゴールデンウィーク。


僕の中ではお正月と並んで
3日以上休める貴重なイベント週間でしたが(笑)

何と言っても3月に10日間も休んでしまったので
そんなに休んでいられません~


明日、29日は営業いたします。

来月1日はお休みを頂いて

     2・3・4日営業いたします。

最終日の5日はお休み。

ゆっくりとしたい方

お顔出してくださいね(*^_^*)     もも

2011年4月25日 (月)

届けモノと送りモノ


福大にお米10キロを届けに行ってきました。

福島大学には60名ほどの避難者の方々がいらっしゃいました。


このお米は
ぐるなびを始めた時の
僕の担当者 小嶋さんから送ってもらった物です。

とても感謝しています。

写真の鈴木先生は各避難所を回っていらっしゃる方で

もも  『 梁川体育館に行くんです 』と言ったら

鈴木先生『 あそこも酷いですよね… 』と言って

キャベツやら丸十やら味噌やら沢山分けていただきました。


24日その食材を梁川に届けたところです。


感謝の輪と救援物資の輪が出来ました。


こう言った橋渡し出来た事に感謝です。


小嶋さん
本当にありがとうございました。


頂いた干物などは
避難所の人数に合わせて配給しようと思っています。

。。。。。。。。。。。。

先日、福島県の対策本部のある方から
連絡をいただきました。


僕が各報道に向けて送った
”投げ込みの内容”に問題があったのですが・・・

~ 以下 僕の投げ込み内容 ~

もも 『 避難所ごとに格差がある 』


それは
国の施設なのか
県の施設なのか
福島市の施設なのか
伊達市の施設なのかで対応が違うのでしょうか?

と言う内容でした。

~ 終了 ~

結論から言えば
『 県の対策本部としても一生懸命やっている 』

と言った内容でした。


この電話自体
腹も立たなかったですし


僕はこういった電話が掛かってくること自体
嬉しい事だと思ったのです。


僕の投げ込みは
”対策本部を攻撃するつもり”ではなかったつもりでしたが

その内容を見て

『 冗談じゃない! 』と思うほど

一生懸命してくれていると言う事が分かったからです。


誤解させてすみませんでした。
以後気を付けたいと思います。

そして、
各避難所に物資を運ぶためには
色んな手続きが必要だと言う事も解かりました。

。。。。。。。。。

前に書いたブログでも書きましたが

避難所ごとに格差があるのは事実です。

物資や食糧が欲しい場合、
避難所からその避難所を管轄している市や町・村に
『 欲しい!』と手を上げなくてはいけません。


市や町・村に無い場合は
その市や町・村が県の対策本部に連絡をする。


   避難所 → 市対策本部 → 県対策本部 → 避難所

といった具合です。


そこで
僕達のような炊き出しに行く人間に
直接もらえないかを聞いてみました。


いろんな人間がいる中で
「信用できる人間かどうか?」という問題にもなりますが

僕は身を明かしている訳ですし
市内で店をやっている人間です。
ですから一応聞いて見たのです。

答えは『 梁川の担当者さんが伊達市役所に要求をし
     そこに無い場合はウチから避難所に届けます。 』でした。

梁川体育館の担当者さんは
【 南相馬市役所の職員さん 】ですから
伊達市役所に対して”遠慮する(している)可能性”は否めませんでした。


なので梁川体育館に電話をして

今後は炊き出しをやっている僕達が
必要な物資・食糧などを梁川体育館にお伝えして
梁川体育館から市役所に工面してもらう。

それで炊き出しする際に使わせていただく事にしました。

せっかく頂いた善意です
早く悪くなってしまう食材を
そのまま腐らせていてはいけません

。。。。。。。。。

30分以上にも及ぶ電話で
対策本部の苦労も見えてきました。

1ヵ月を過ぎると避難している方の中にも
横柄な態度や言動(言葉が見つかりません…スミマセン)
を取る方も出て来ている。

ソレも事実です。


『 こんなモン食えるか 』

『 またコレかよ 』

『 早く持って来い 』


ストレスから来ているのは確かでしょう。

しかし
一生懸命やっている人間からすると
心が枯れそうになります。。


各対策本部の方々も疲れているのです。。。。


僕が思うに

『 してやってる 』と言う考えはダメなんだと言う事。

『 させてもらっている 』と思う事。

コレがボランティア精神なのかなと言う事。


そして避難所に居る方からすれば

『 同情されたくは無い 』という想いも有ると思うのです。

帰りたくとも帰れない

家は有るのに帰れない

それがいつまで続くか分からない状況で
毎日ストレスかかえながら過ごしている。

前記の言動も本心では無く
ストレスが言わせているのだと。

だからこそ
『 無償の愛 』をもって
行動しなければいけないのですね。


福島県で言えば

震災から日に日に避難所に移ってく方々が増えています。
それは今も続いているのです


残った人達も震災に遭っていて
今後の生活も分からない状態で活動しています。


原発があるからその復興の糸口さえ見えない中で。

。。。。。。。。。


僕の知り合いは避難所へ行って
子供達に”本の読み聞かせ”をしているそうです。

時には絵本。

時には紙芝居。

自分のお小遣いでお菓子を少し買っていくとも言ってました。


行くごとに
集まってくる子供達は増えて来ているそうです。


自分に出来る事を一生懸命考えた友人。
素晴らしいと思いました。


お金だけでも無く

食べる物だけでなく

気持ちを持って接する事。

今、
僕達がやっている事は
そういう事なんですよね。         もも


~ 追伸 ~

福島県綜合調理師会では
有志が集まって炊き出しをしています。

会員のお店などにある”炊き出し募金箱”
ぜひご参加ください。

一人につき約300円掛かります

今梁川体育館には約200名いらっしゃいますから
毎回6万円ほど掛かるのです。

避難されている方々が
旅館・ホテル・仮設住宅などに移れるその時まで
続けたいと考えます。

御心頂戴出来ればと思います。
よろしくお願いします。


そして
『 炊き出し参加したい 』と言う方がいれば
僕まで連絡をください。

調理師だとか素人だとかそんなの関係ありません。
一緒に炊き出しをしましょう!


桃の井 024-521-2007 桃井まさよし まで

 

2011年4月21日 (木)

心の筋肉。


      ~ あらゆる苦難は心の筋肉になる ~


。。。。。。。。。。。。。


日曜日に炊き出しに行ってきました。

今回は
福島大学と、その近くにある南体育館の2か所同時開催。
合わせて110名ほどの炊き出しでした。

毎日の営業と

炊き出し場所担当者との電話連絡

協賛してくださる業者様との連絡・打ち合わせ

調理師会上層部達との連日の打ち合わせ

献立が決まり、業者に発注。

綜合調理師会会員への炊き出し開催の電話連絡

前日に現地に行っての視察・打ち合わせ

炊き出し120人前の調理・仕分け。

2班に分かれての開催なので班分け作業。

そして当日、担当者と連携と炊き出し


参加してくれたみんなのおかげで
今回も上手い具合に配膳までする事が出来ました。

福大生のみんなも手伝ってくれたのが大きかったですね。
本当に感謝です。


綜合調理師会のみんなも
ここ数週間休みも取れずに
多少疲れが溜まってきました。。

でも
避難している方々にも”心の休み”は無いでしょうし、

なにより僕達も
後悔はしたくはありません。


今後は5名ほどの班を3班作って
交代制でする事にしました。


今週末は200名ほどいらっしゃる
伊達市梁川体育館へ。

昨日電話してみたら

あの前回見た薄いシャケと竹輪の天ぷらのみの弁当配給。

それに
レタスをちぎってマヨネーズ掛けて食べていたそうです。

みなさん想像できるでしょうか。


国の施設。

県の施設。

福島市の施設。

伊達市の施設。


そしてその立地場所によって

だいぶ状況が違うのです。


未だに冷たい体育館の床に薄い段ボール1枚敷いて
布団を敷き寝ているのか。。。


発泡スチロールの業者さんはいらっしゃらないのでしょうか。。


。。。。。。。。。。。

会のみんなのお店に設置した
”募金箱の中身”
どれぐらい集まっているのか気になる所です。


だいたい避難者1名に対して
300円掛かる事が分かりました。


今後、200名に対して調理する時には
毎回6万円掛かる計算です。


綜合調理師会の「炊き出し募金箱」を見かけた時は
ぜひご賛同・ご協力のほどお願いします。


。。。。。。。。。。。


23日までに
大きな余震が来る確率が高いそうです。

昨日も余震がずっと続いていました。


心が折れる前に
少しだけ身体を休めましょう


 ~ あらゆる苦難は心の筋肉になる ~

そう信じながら。            もも

2011年4月16日 (土)

する方も、される方も。 ~炊き出し~


4月10日(日)

炊き出しに行ってきました。


”炊き出し”って

する方もされる方も

人生の中で”そうそう無い事”だと思いました。

。。。。。。。。。。。


何を作ったら喜んでもらえるだろうと
調理師会で何度も集まって考えました。

海沿いから避難されている方が多いので
やっぱりお魚が食べたいのではないかと思い
刺身と鍋をご用意しました。


今回は福島中央市場からの提供がありました。

何と言っても数が数なので助かりました。


午前中から動いて
梁川の万よしさんの調理場を使わせて頂きました。

ここの旦那さん田川さんは
綜合調理師会梁川方部長でもあるのです。


今回炊き出しに伺った避難所は…


【 伊達市梁川体育館。】

ここには南相馬市から避難されている方が
210名ほどいました。


【 携帯充電器 】
こんな物もあるんですね。始めてみました。

体育館の中に足を踏み入れると


テレビなどで見てはいましたが
実際に足を運んで見ると絶句してしまいました。。。

冷たい床に薄い段ボール一枚を敷いて
その上に布団を敷いています。


そこに70~80歳ぐらいの
お爺ちゃんやお婆ちゃんが寝ているのです。。。


今こうしている時もあの冷たい体育館に居るのかと思うと
胸が締め付けられます。。


。。。。。。。。。。。


5時45分。


暖かい物を提供しようと
バーナーに火が入ります。


体育館の中ではお弁当とお刺身を手渡し、



体育館の入口付近では鍋物を装いました。

『 お刺身なんて1ヵ月ぶりだ~ 』

『 今日はご馳走だねぇ~ 』

そんな声を聞きながら
配給されているお弁当の中身を見ました。

お茶碗1杯ほどのご飯の上に
薄いシャケの切り身
竹輪半分の天ぷら
あとはお新香だけです。。。

『 弁当って言っても、おにぎりと変わらない・・・。 』

『 これじゃ偏っちまうな・・・』

僕たち全員の意見でした。


。。。。。。。。。。。。


南相馬市の方から避難してきたのは3月15日。

あの地震から4日目の事。

その当時は雪が降っていて
インフルエンザを発症する人も出ていたと聞きました。
若い人でさえ寒さに耐えられなかったそうです。

『 1週間ぐらい避難すれば良いものだと思っていました。
   それが1ヵ月もここにいるとは・・・。』


そう話してくださったのは
南相馬市役所から出向してきた伊賀さん。


『 今日は本当にありがとうございました。』


頭を深々と下げて
南相馬市の職員の方々が見送ってくれました。


いくら美味しい物を提供出来たとしても
心の底から笑顔は出ません。


みんな家に帰りたいのです。


我慢をしているのです。

         でも原発があって帰れない。

もし仮に、
原発が今以上酷い状況になって
避難区域が80キロ圏内まで広がったら・・・。


明日は我が身です。

原発問題が終息をし

避難している方々が戻れる日まで
福島県民の本当の意味での復興は始まりません。

内閣の人達はスーツにネクタイに変わりましたが

終息したとでも思っているのでしょうか。


福島は
”あの時から”時間が止まったままなのです。

。。。。。。。。。。。。。


炊き出しは今後も続けていきます。

今週末は
福島大学の避難所と
南体育館の避難所とに行く予定です。


今回は110名分の食事を提供してきます。


綜合調理師会会員のお店には
募金箱が設置してあります。

炊き出し募金です。


見かけましたらぜひご協力をお願い致します。    もも

2011年4月11日 (月)

2:46


一か月が経ちました。

地震・津波・原発と
まるで映画のワンシーンを想わせる様な映像の数々。


。。。。。。。。。。。。


2時46分。

調理場に居た3人の携帯から

緊急地震速報が一斉に鳴り響きました。


『 ヤバイですよっ!!! 』


青い顔したサブちゃんが走る。

みんな急いでガスの元栓を閉める。


下から突き上げるようなタテ揺れが
徐々に徐々に大きくなってくる。


ドンッ!という音と共に
普通に立っている事が困難になった。


揺れが収まらず危険と感じ
調理場にいるスタッフ達に対し

     『 逃げろ!! 』と叫んだ


急いで嫁に電話をする。


携帯が不通になるからだ。

電話口からガタガタと言う大きな音と
嫁の悲鳴が聞こえる。

目の前では

花瓶が次々に落ちて行く画と音が響き


貯めておいた日本酒達が崩れ落ちていく音。


即座に落ちたブレーカー。


街中のどこからともなく聞こえてくる
軋む音と崩壊する音


揺れる送電線

消えていく信号

崩壊していく近隣の壁


気が付くと辺りは
粉じんで真っ白になっていく

近くのママさんが
『 助けて 』と言いながら駆け寄ってくるが

すぐ傍に瓦が飛んできては
次々に地面にたたきつけられて粉々に飛び散る

『 大丈夫ですよ 』

そういう僕の膝もガタガタ震えていた。

通常の地震ならば
収まって来るはずの時間を過ぎてもおさまらない。


収まるどころかその強さを増していく。

体感した時間は4~5分。


「ようやく」と言った感じで強い揺れが収まる。


気が付くと辺りはもう
普段の風景では無くなっていた。


我に戻り
今日の営業はもう無理と判断。


スタッフの無事と
ガスの元栓が締まっている事を確認の上

全員に帰宅するよう指示を出す。


3時間後に店に戻る事を約束し

子供達の元へと自転車を漕ぎだした。


僕の顔を見るなり泣き出した娘。

家族の無事を確認し店へと戻ると


店内はグチャグチャになっていました


続く余震。


停電になっていたので
片づけは危険と判断。


ここから8日間は片づける事が出来ませんでした。


。。。。。。。。。。。。。


以下は
この一か月間に撮った写真の一部です。



信号が止まり渋滞している交差点。(11日)



ひび割れ、崩れ落ちた壁。



いたるところに転がるブロック塀。



地下駐車場上の陥没した道。(3月22日撮影)



崩落した外壁と降り出す雪。(当日)


石で出来たお寺の鳥居は倒れていました。(当日)



有るはずの1階駐車場部分が無くなり
建て物に潰されたままの車。(3月17日撮影)



電気屋さんの大きな看板は
根元からズレていて揺れの大きさをうかがえます。(3月15日撮影)



地盤沈下の為、浮き出てしまった基礎部分。


。。。。。。。。。。

このブログを書いていた

11日 17時16分と17時27分

またもや緊急地震速報


と書いていたらまたもや緊急地震速報。。5時32分。。。


福島は原発もあって

”あの日”から時間が止まったままです。

復興まだ遠く。


もも


2011年4月 8日 (金)

炊き出し

今週の日曜日

炊き出しに行っています。

この一カ月、
福島市役所や福島県庁などに聞きながら動いていたのですが
災害対策本部がごった返していて
なかなか指示を出して頂けない。。。


ならばと
南相馬市の役所の人などに直接電話して
どこにどれだけ避難していらっしゃるのか聞いて
とにかく動く事にしました。

「遅ればせながら…」などと思っていましたが

今回僕達が行く伊達市梁川体育館には
日に日に避難している人達が増えていて
今現在210名の方々が避難されているとの事。


四の五の考えてたり
人の連絡など待たずに
とりあえず動いて見ようと思います。

この数週間で思った事は

『 思った事は動いた方が良い 』
ということ。


行って見て
感じる事の方が多い気がするのです。

正直、
昨夜の地震で心折れそうになりましたが

『もっと不安になっている人達がいる』

そう思ったら凹んでなんかいられません!

綜合調理師会のみんなで動きます。


長期戦になると思いますが

みんなで一緒に頑張りましょう!

もも


2011年4月 6日 (水)

”自粛”について。


あくまでも個人の意見として書きたいと思います。

。。。。。。。。。。。。


各地で【 自粛ムード 】が高まっていると聞きます。

浅草の三社祭も自粛。


井の頭公園での花見も
「計画停電」などの影響で自粛。


各種勉強会や
接待・ゴルフ・イベントも自粛。

被災地への援助や復興などで

『 それどころでは無い 』

という人達がいることは確かです。

災害に遭った人達の事を考えて

『 俺たちばっかり楽しく盛り上がるだなんて… 』
と考える人達も大勢いる事でしょう。

しかし、
経済を停滞させる事が
今の日本にとって良くない事も気が付いているはずですよね。


僕が思うのは
   『 少しでも”気持ち”が有れば良いのではないか 』と言う事。

例えば
お花見をする時に黒の紋章を腕に付けるとか
(長友選手のように)

飲む酒は東北の酒を選ぶとか

みんなが集まった時に
ほんの少しの募金をするとか

ほんの小さな『 気持ち 』が有れば良いのではないかな?

と思うのです。


政府も例えばですが

復興のシンボルに
【頑張ろう東北】と書いた”黄色いTシャツ”を売って
その売り上げを援助金に回すとか

みんな、
そのTシャツを着てお花見をするとか

なにかそういったアイデア有るのではないかなーと。


”何もしない自粛”より

”行動する復興”の方が良いと思うのです。


自粛が善か悪か。

人それぞれ考え方があると思いますが


今は立ち止まってはいけないような気がします。


もも


2011年4月 1日 (金)

4月。 ~土耕ん醸再建募金~


あの日から20日ほど経ちました。

水も復旧し、
ガソリンも並ばなくても
給油出来るようになりました。

ので、

お花と御線香を持って
お墓参りに行ってきました。


1日は”月命日”。


御墓の状態が気になっていたのです。。。


。。。。。。。。。。。。。。


御寺に着くと

    「多数の墓石が倒れています。気を付けて」

との張り紙がありました。


恐る恐る歩を進めると

お隣の墓石は倒れていて
ブロック塀に倒れ掛かっていました。


桃井家の墓石はどうかなと見て見ると・・・

3体ある墓石のうちの1体は
天辺部分が飛ばされ壊れていました。。。


他の墓石も
皆少しづつ”ズレて”いて
直そうとしてもビクリとも動きません。。


この重たい物を動かしてしまう力。


あの時、
ココがどんな状態だったのか
容易に想像できました。

手を合わせ

「家族みんなを見守ってくれてありがとう。
  これからもよろしくね。」

そう言い残し仕事へ向かいました。

。。。。。。。。。。。。


今、ウチのお店には募金箱が置いてあります。



ウチのお店にある【 土耕ん醸 】を造っていた
鈴木酒造さんの”再建募金”です。

【 ことぶき(壽)】と言うお酒も有名ですね。

   ~ 日本一太平洋に近い蔵 ~


請戸漁港に程近い場所にあった鈴木酒造さんは

今回の津波で全て流されてしまったのです。


ただ、
スタッフやご家族はご無事で
今は山形県に避難しているとの事。


そんな鈴木酒造さんに対し
有志が募金を募っているのです。


『 あの美味しいお酒をもう一度楽しみたい 』


『 皆さんに楽しんで頂けるお酒をもう一度造りたい 』


ほんの少しの気持ちで良いですから
ご参加いただけると嬉しく思います。


。。。。。。。。。。。。。。。。。

もう20日も経ったのですね・・・

あっという間に4月。

いつもの年ならご予約で一杯の月・・・。


余震もだいぶ減ってきたけど
少しの揺れに過敏に反応します。

原発は
未だ終息の目途が立っていません。


なんて
口説いても始まらない!

長い道のりになると思ってますから。

大丈夫!!

マスクをしているのは花粉症だからですし(笑)
水道水だって平気で飲んでいますよ。


何とかしようとみんな躍起になっています!

頑張ろうふくしま!

頑張ろう東北!


今こそ


『 ど根性!!(土耕ん醸) 』ですrockup

もも

味乃桃の井 のサービス一覧

味乃桃の井
  • TEL050-3463-9289