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この道に入って20年・・・。早いものです。

 カウンターがあるウチの店には、色々な方との出会いや話が聞けるという利点がありました。

 そしてこのブログでも色々な方とお話しできたら、と考えています。
 ぜひ書き込みお願いしますね。

 今夜もどんなお客様と出会えるか、楽しみです。

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2011年5月

2011年5月31日 (火)

上野復興支援イベント・情熱の旅②

会場は
渡邉会長のお店【 大山 】さんで

お肉の直売もしている
無茶苦茶美味しい”お店でしたheart04


”宴”は
会長の挨拶から。

渡邉さん『 今日は福島からゲストも来てくれています
      大いに盛り上がりましょう! 』

最初は
くすぐったいほどの歓迎ぶりに

もも  『 なじょすっぺ…(;´Д`)(どうしよう)』

な感じでしたが

コレも我が性格。。
自分でも驚くほど自然と打ち解けて行きました。


しかし、、、


お皿に料理を取り分けてもらったり
色々と気を使って貰った時に

僕の口から自然と出た言葉。

もも 『 僕は病人じゃありませんから大丈夫ですョ 』


半分は冗談。


もう半分は
”取り分けることはあっても取り分けてもらう事に慣れていない”

”ゲスト”なんて待遇された事無いですもん(笑)


もちろん、
上野の皆さんに他意などあるはずもない。
「おもてなしの心」一杯でした。


僕の心に
『フクシマだから?』という
被害妄想があったのかも知れません。

思い切って聞いてみましたear

もも 『 福島県民っていうか、東北人に対して
     今どんな思いをお持ちですか? 』


僕の事を
どんな目で見ているのか聞いて見たかったのです。


少しの間をおいて
一人の男性が応えてくれました。

Tさん 『 …疲れてんじゃね? …疲れているんじゃないかなって 』


少しだけ訛りが入った話しぶり。

でも、
真っ直ぐ目を見て、
親身に、ゆっくりと話してくださいました。

Tさん 『 毎日、一生懸命やって。
      自分達の仲間(同じ福島県民)に炊き出しやって。
      自分達だって大変だろうに・・・、

    だから、疲れてんじゃないかって。』

正直、
その言葉を聞くまで考えもしませんでした。

炊き出しをやっている同じ仲間から

『 もも、ムリすんなよ 』とか

『 休んだらどうだ? 』と言われても

 
       皆、同じですもん


疲れてんのなんてみんな同じですから、

「疲れてる」なんて思わないようにして。

とにかく精一杯動いて動いて、

今出来る事やらなきゃって。

今回上野に来たのだって
そういった想いからですもんup


でも、


「 あれ? 結構俺、疲れてんのかな? 」って。


普通に思えてきて


「なんだか甘えちゃって良いのかな」なんて
勝手に考えちゃって(笑)。

チョット勇気振り絞って
最初に聞いちゃって良かったなーってね。

思っちゃったんですよ。


話せば話すほど温かくて

何だか今まで
毎日一緒に居たみたいになってきて

そのあたりですかね、
橘内酒店の橘内さんが
土曜日の仕事や配達を終えて新幹線で合流してくれたのは。

橘内さんが持って来てくれた
福島の銘酒を
その場で開けて”一気呑み”が始まったんですョon

お祭りの掛け声が
店内一杯にひろがって…&#
63903;

他のお客様も沢山…っていうか
満席なのに(笑)



大きな声で
何度も何度も


『 さー さー!さー!!さー!!
 セイヤッ!! ソーリャ!! セイヤッ!! ソーリャ!!
 セイヤッ!! ソーリャ!! セイヤッ!! ソーリャ!! セイヤッ!! ・・・』


    楽しいなぁ…。


こんなに楽しいのはいつ以来だったろう・・・

情熱の中に溢れる優しさと

上野の人達の「心の体温」。

グラス一杯に注がれたその情熱をheart01heart01heart01

こぼれないように、こぼれないように

何度も何度も
一気に飲み干しました。beerbeerbeerbottlebottlebottle


。。。。。。。。。。。。

3月11日。

あの日から僕は
少しづつ
”色んな涙”をこぼしていました。


≪悔しさから出た物。≫

≪行き場ない想いから出た物。≫

この日、
いつの間にか目から零れ落ちたものは

≪嬉しさの中から出た物≫でした。

もも 『 橘内さん!俺ら頑張ってるよね?!crying 』


身体の中にしまい込んでいた想いが

口から出てしまっていました。


この時の写真は一枚も撮っていません。

そんな時間すらもったいなかった。


 ~ 上野6丁目睦会 ~

熱きお祭り男とそれを支える女性達。



【 上野は東北の玄関です 】


東北人ならこの想い
タマラナイですよねnotes


2次会のあたりから
記憶がアヤシイ事に。。coldsweats01


途中、かずこ姉さんにお会いして
なんだか嬉しくなったの覚えてます。(笑)


なんとなく、

でもしっかりとした

   ≪ 第二の故郷という感覚。≫


睦会のみなさん
本当にありがとうございました。

本番は次の日!
明日頑張るぞっ!!angryup


ぞー ぞー ぞー ・・・・・・sleepysleepysleepy

。。。。。。。。。

でも

次の日、僕達二人を待っていたのは…

「二日酔い」だったのです。。。shock


soon

もも


2011年5月30日 (月)

上野復興支援イベント・情熱の旅


28日朝sun

前日夜まで
複数名との打ち合わせや調整の為、
いささか寝不足になってしまいましたが、

今川屋さんから車をお借りし


お米を積み、


古関商店で野菜を積み


橘内酒店でお酒を積み


東北自動車道へと車を走らせました。rvcardash

慣れない車。
かなり重たい荷物。


しかも久しぶりのマニュアル車で
正直緊張しました。。

震災後、
東北道を走った事のある方は解かって頂けるかと思いますが

福島県内の東北道は
かなり凸凹しています。


いたるところで
【 段差あり! スピード落とせ! 】
の掲示板があります。


田舎道を走っているような感覚。

その度に車がドスンッドスンッと上下に揺れますupdownwobblysweat01

途中で雨も降ってきてtyphoon
スピードがあげられないので

いつもならとっくに着いているはずの時間でも

もも 『 まだ埼玉か…coldsweats02down 』

と言った具合。。



首都高速に乗り
東京スカイツリーが見えてきたのは4時近く。

予定より1時間も遅くなってしまいました。


。。。。。。。。。。


上野に真っ直ぐ行く予定でしたが

修業先にも顔を出す予定でいましたので

先に人形町へ。



久しぶりの学び舎。

地震で多少の被害があった様子でした。。。


三田社長が時間を作ってくれて
お会い出来る事に。

今現在の
東京の状況を教えてくれました。

地震の影響を受けての自粛騒ぎ

東京経済も低下しているそうで

 『 自粛を自粛しなければ駄目なのではないか 』
そう感じました。


震災後、
心配をして
わざわざ福島まで来て下さった社長。


『 夏休みになったら御子さん連れて遊びにいらっしゃい 』

『 いつでも遊びにいらっしゃいよ 』


今回も
僕や福島を応援する言葉ばかり下さいました。


幸せ者だと心から思いましたし


来年9月で
濱田家は創業100周年を迎えます。

大々的にイベントも
考えてくださっているようでした。

僕にも
お声掛けくださるようにお願いをし

なにかお手伝いできる事があればと
そう思いました。

『 東京の経済を、
      東京の電力を支えてくださったのは福島の方々なんだから 』
 

政界・経済界を熟知している
社長だからこそ言える言葉。

勇気と元気を頂きました。

本当にありがとうございました。


。。。。。。。。。。。。

人形町を離れ
いざ、上野へ。rvcardash

約束していた時間から
だいぶ経ってしまっていましたbearingsweat01


昭和通りを走らせ
上野に近づくと『 ホテル丸谷 』の看板が見えてきました。


小野田社長さんに
『 もうすぐ着きます 』と電話をしたらphoneto


上野睦会の人達10名位が
ワーッとお出迎えをしてくれました。


『 もうすぐ”前夜祭”が始まるから
  部屋に荷物を置いたらすぐ行きましょう! 』

睦会の会長さんが声を掛けてくれました。

もも 『 前夜祭?sweat02 』

meiちゃんのブログで聞いていた
【 上野6丁目睦会 】さんの呑み会に初参戦。


≪ 一人1升は当たり前 ≫という
”ツワモノ揃い”の宴

はたして僕は耐えられるのか???horse


しかも、


もも 『 今日まだ何も食べていないぞ。。。。wobblysweat02 』


多少のビビりが入った僕をしり目に

”激しくも”


”温かい夜”が始まったのでした。



soon

もも

2011年5月29日 (日)

完売。

詳細は後日、改めてご報告いたしますが、

雨降りの中、
上野の人達とみんなで東北の物産品を一生懸命売り切りました。

上野の人達は東北の人達の事を本当に心から心配してくれていて


今回のイベントを三町会一丸となって企画してくれた事、
そして実行してくれました。

心から"感謝"。

上野大好きです。


携帯ブログ

もも

2011年5月27日 (金)

東日本大震災復興支援イベント in上野

前回、お知らせした

東京上野で開かれる

”東日本大震災復興支援イベント”の詳細をお知らせします。


上野六丁目睦会・仲徒三四町会・下谷町町会の合同イベントです。

イベント名:【 元気を出そう! 上野は東北の玄関です 】
日時   :23年5月29日 午前11時~午後3時

場所   :上野6丁目中村様駐車場
      上野丸井の東側(昭和通り側)「上野ユースロード」を
       御徒町駅に向かって歩いて行くとすぐ

岩手県 宮城県 千葉県 福島県 の特産品を販売します!


その他にも
焼そば・フランクフルト・牛スタミナ焼・焼鳥など

”縁日”も開かれ
親子連れが楽しめるイベントになっているようです。

僕は福島県民として参加します。


福島からトラックで荷物を運びますよ~rvcardash

前日入りをして
朝からイベントに挑みたいと思いますrock

僕が持って行くのは

『 福島県産米こしひかり 』
『 福島の地酒 』
『 福島のお野菜 』
です!


どれも自慢の美味しい物ばかりですsign03
お楽しみにhappy02sign01


。。。。。。。。。。。


以前、
震災直後の様子をブログの中でご紹介しましたが


この建物。

ウチのお店でも取引のある
『 今川屋米屋さん 』の「住居」兼「蔵」の写真でした。

今川屋さんは
綜合調理師会にも賛助会員として参加してくれていて
”仲間”だったのです。

しかしこの建物、
今はもう解体されて更地になっています


身近に被災されてしまった仲間がいる哀しい現実despair

今回は、
その今川屋さんからお米を買いました。

2キロ袋に詰めていただいたので
みなさんがお家に持って帰るのにも、
使う時にも便利だと思います。

皆さんに買っていただいたお金で
今川屋さんが少しでも元気になってup


地域復興の一歩になってくれればと考えています。

。。。。。。。。

”福島の地酒”ですが

今回は橘内酒店の橘内さんにお願いをする事にしました。

お酒の販売はとても難しく、
僕などの免許が無い人間が勝手に販売すると

即・逮捕になってしまうとの事。。。bomb
(知らなかった…sweat02


少ない日数で
税務署などの様々な面倒な手続きを踏んでくれて


当日、
福島の美味しいお酒を売る事が出来るようになりました!lovelyheart04


お持ちかえり用に4合瓶を持って行きますが

1升瓶も持って行きますので
その場で美味しいお酒を呑んでもらおうと考えています。bottleheart02


美味しいリンゴジュースも持って行きますよ!applenotes

今回、
無理を言って参加して頂けるようになった橘内さんも
「震災被害者」でもあります。

3・11。

冷蔵庫の中で大事に大事に閉まってあった日本酒や
店内にあった焼酎など

お酒のほとんどが倒壊し、
割れてしまい、
店内はまさに壊滅状態だったそうです。


東北の蔵元や
その銘酒達を販売する小売店のほとんどは
同じ状況だったと聞いています。。。


被害の大きさは違えど
その心中は察したい。


そんな大変な状況でも
一緒に上野に行ってくれる橘内さん。


本当にありがたいと思っています。

ありがとうございます。橘内さん。


僕にとって
とても楽しくて、力強いお兄さん的な存在です。

皆さんもすぐお友達になって頂けると思いますよdelicious


。。。。。。。。


お野菜ももちろん”福島県産”

ウチの店から徒歩1分のところにある
「古関商店」から分けてもらう事にしました。


丸茄子・トマト・キュウリの3品です!


ただ、
今回の地震で
生産量そのものが減っています。
早く売り切れる事が予想されますのでご勘弁くださいね。。

今、
福島県内の農家の皆さんや八百屋さん達の状況は

そういった感じなのです。。。

。。。。。。。。

今回、
この僕を上野に呼んでくださったのは


【 貸切宴会 和食ダイニング 松 ホテル丸谷 】さん。

ぐるなびブログを書いたり
読んでいらっしゃる方はmeiちゃんの事
ご存知かと思いますconfident

そのmeiちゃんのお母さんからお声が掛かりましたphoneto

      ~ 東北の玄関口・上野 ~


僕も修行時代
通ってrouge・遊んでhappy02・呑んでbeer

楽しい青春時代を過ごさせて頂きましたshine

その上野の人達が

東北の事を考えてくれて、

4月から一生懸命動いてくれたそうです。


何と言っても東京。

あらゆる規制がウルサクてメンドウな場所ですpout


『 でもなんとかココまで漕ぎつけましたsweat01。』(meiママ・談)


その上野の人達の心意気

福島で日頃お世話になっていて被災してしまった業者さん、
少しでも東北の為になるのならと


行く事に決めましたupupup


土曜日、僕は店に居ませんが

ウチの優秀なスタッフ達にお願いをし
上野に出かけてきます。


『 そんな事やってる場合じゃないだろうsign02angry 』

と怒られもしました。。think


確かに

店の営業・お献立作り・発注・仕入れ・仕込み。

毎週行っている「炊き出し」の事もありますし、


今週からは
外壁の改修工事が始まっています。
その打ち合わせも毎日。

その工事の件で
銀行との問題もありました。


でも、
「今動いている事」が

いつか
従業員の家族やウチの家族の
”肥やし”になるような気がしているんです。

今、やらなくてはいけない事。

今しか出来ない事。


僕も含め、ウチのスタッフが
一つ一つやっていければ・・・

やっていかなければと思っています。

。。。。。。。。。


29日のイベント終了後は

福島に戻って炊き出しに向かおうと思っていますspa

その前に
明日の献立考えなきゃっsweat01


29日、

天気が心配ですがcloud

お会い出来る事楽しみに待っていますheart01


あ、
僕と橘内さんしかいないので

手伝ってくれる人募集中ですsign01(笑)

それでは~paper         もも

2011年5月23日 (月)

過酷な避難所生活。

22日

炊き出しに行ってきました。

チーム高橋こと
日本料理 多可橋さんを先頭に
みんな力を合わせてやってきました。


今回のメニューは
秋刀魚の塩焼き
若布とシーチキンの酢の物
鶏団子のつみれ汁
炊きたて御飯


炭火で秋刀魚を塩焼きに。
焼き立てを堪能してもらいました。

今回も
高橋さんの下準備がバッチリだったので
スムーズに行う事が出来ました。

しかしこの直後に、


【 過酷な避難所生活 】を感じる事になりました。。

先週、19日から21日の3日間。

福島は30℃の真夏日となっていました。


僕達でも”暑い”と感じる気温。

『 梁川は大丈夫かな… 』

そう思っていたのです。


かと思えば
この日は気温もグンと下がり
18度前後と少し肌寒い一日。

その気温差12度。


この気温差に耐えられず
一人のお婆ちゃんが救急車で運ばれてしまいました。。

体育館に着いて間もなく
高橋さんが異変に気が付いていました。

『 あのバアチャン元気ないよね…大丈夫かな。。』

体育館にはエアコンも付いていなく
熱い時など室温調節が難しいのです。

窓を開けると

若い人にはちょうど良くとも
お年寄りは体温調節が上手くいきません。

この夏は猛暑が予想され
この梁川という土地は県内でも「熱い土地」の一つなのです。

今後が心配です。

。。。。。。。。



炊き出しは順調に進み

またみんなの笑顔と逢えました。


やはり魚料理は人気があります。

しかし育ち盛りの子供達はお肉が欲しい。


来週は
お年寄り向けの献立と

育ち盛りの献立、

ふたつの献立を用意しようと思います。


。。。。。。。。。。。。。。


今週末、土曜日と日曜日

東京に行こうと考えています。

上野で開催される
「東日本大震災 復興支援イベント」に参加しようと思っています。


詳細は次回のブログでご紹介しようと思います。


少しでも何かのお役に立てるのなら。。


もも

2011年5月17日 (火)

愛情宅急便と腐れた根性。


14日土曜日。

スペシャルゲストが来福してくれましたheart02


その人は
【 tOmo 】と言う名前でアーティスト活動をしている友子さん。

詳細は彼女のHPやブログでご覧下さい。

彼女のレポートの方が写真沢山あって
解かりやすいと思います(*^_^*)


彼女とは、あるキッカケで電話を取り合う事となり
こちらの事情を伝えたら

tOmo『 なにかお手伝いできることは無いでしょうか… 』

と言ってくださり、


なんと彼女は
自ら出演しているライブイベントなどで
炊き出し募金をしてくれたのです。

その集まった募金を
「直接福島に持って行く!」と決め
この日の来福となりました。


夜8時clock

仕事を終えたtOmoさんが
高速バスで来てくれました。busdash

僕のお店で軽くお食事をしてから
綜合調理師会の会長 清水久雄氏の元へ一緒に行きました。


早速、集まった募金を
会長と竹野会計本部長に手渡してくれました。

その金額61550円。

正直、大金です。sweat01


会長 『 いやぁ~ネットの力って言うのは凄いんだな。。 』
   『 どうやって皆さまにお礼して良いのか…thinksweat02 』

本来ならば
募金に参加してくれた方々に直接お礼を申し上げたいのですが
ひとまずココでお礼申し上げます。

皆さまから預かったお金で
避難所の皆さんに美味しいご飯を提供させて頂きます。

誠にありがとうございました。


長旅で疲れているtOmoさんをホテルまで送り
僕も帰宅。


午前中から始まるイベントと
夕方からの炊き出しに備えました。


。。。。。。。。。。


15日は凄く長い一日になりました。

福島市の中心市街地の中にある
「まちなか広場」にて
福島の復興を祈る一大イベントがあったのですが

当店も「桃の井おにぎり」を売ってみました。

午前10時。

当日は天気も良くsun(って言うかすごく暑かった…(^^ゞ)
沢山の来場客を迎え
物凄い盛り上がりをみせましたupupup


各店舗大きな声で
用意した食品やドリンクなどを提供します。

その傍らに募金箱を設置し
福島市への募金としました。

天気は素晴らしく良かったのですが

福島は他の県と違い
放射能との戦いも強いられています。

この空気中にどれだけの放射能が含まれていて
どれだけ被爆しているのか分からない状況です。


我々大人は良いとしても
子供達は守りたい。

そんな不安の中
皆、精一杯動きました。

結果、
とても素晴らしい復興イベントになったと思いますsun


次があるなら
また参加させてもらいたいと思っていますhappy01


。。。。。。。。。。。


午後3時。
おにぎりの販売を止め
車に乗り込みました。cardash

毎週行っている梁川での炊き出しに向かう為です。

イベントを途中で抜けた僕達は
tOmoちゃんを車に乗せ
伊達市梁川体育館への約1時間の移動。

途中、
車窓から見えた景色は

修理出来ていない瓦屋根。
大きく凹んだ駐車場。
クラックの入った壁。

tOmoちゃんは写真を撮りながら
ため息をついていました。

今回は”チーム竹野”。
5名が実働部隊として動いていましたが

結果、25名もの人間が体育館へ集まり
美味しい刺身や汁物を提供する事が出来ました。


tOmoちゃんは

避難されている人達に声を掛け

床にすわって
じっくりと話を聞いたり

東京の人達から預かったメッセージを読み上げたりしていました。


遠く離れた人達の心を届け、

東京に戻ったら
募金してくださった人達にそれを伝えようと
必死に動いていました。


避難している人達からすれば
どんなご馳走よりもご馳走だったのではないかなと

僕はそう感じました。


        食べ物だけが炊き出しではありません。


tOmoちゃんが企画した【 愛情宅急便 】と言うのは
その名の通り”愛情を”届けてくれたのです。

。。。。。。。。。

梁川から福島市に戻った後、
会長のお店で一緒にご飯を食べ

僕の家で少し骨休めをした後
深夜の高速バスで帰っていったtOmoちゃん。

相当疲れていたでしょうに、

         『 また来ますからhappy01 』

そう言った彼女の眼からは
新たな決意を感じる事が出来ました。

これを読んでいる皆さんの中には
東京在住の方もいらっしゃると思います。


今後の彼女の活躍に期待し
ぜひ応援してください!


。。。。。。。。。。。


3月11日。

あの日、
すでにメルトダウンしていた福島原発。


「原発が爆発するぞ」との情報が流れ
放射能を恐れるもガソリンが無く、
逃げたくも逃げられなかった日々。


8日間もの間、断水が続き
店の片づけすら出来なかった。


従業員みんなと今後を話し合った数日間。


ようやく店を開けるも
全てのご予約がキャンセルとなった3月。


来店してくれたお客様に勇気づけられた4月。


そんな中
実際に僕に掛かってきた電話をご紹介します。


電話を掛けてきた主は
「 東京原子力研究所 」なる女性からの電話でした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

原研 『 放射能について、どれぐらいの知識がありますか? 』


もも 『 どれくらいと言われても…
      テレビなどで報道されているぐらいの知識ですが。』


原研 『 放射能というのは”花粉”などと同じなんですね
     …ですから、目が痒くなったり、喉が痛くなったり
    肌がチクチク痒くなったり 

    それは全て放射能が原因と思われます。 』


もも 『 ?。僕には娘がいるのですが、それが今心配で… 』


原研 『 それはそれは… 心配でしょうね。』


もも 『 避難しようにも避難指示も出ていない状況で… 』


原研 『 そうですよね・・・。

    でも心配なさらないでください!
    当社の薬を飲めば、
    体内に蓄積された放射能物質を取り除く事が出来るんです
     一度お試し頂いてはいかがでしょうか! 』


もも 『 ・・・???。 
     そちらのHPは無いのですか?
     それを見て必要ならば連絡したいと思うのですが…』
 

原研 『 有る事は有るのですが・・・
     今こういった状況ですので
     当社のHPも書き直しているところなのです。

     メールアドレスもしくはFAX番号をお知らせ願えれば…』


もも『 ・・・。 今営業中ですので失礼します。 』


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

体内に蓄積された放射能を取り除く手段など
ありません。


被災地の人間をだまそうとする輩が実際に居ます。

放射能におびえて藁にもすがろうとする人間を
だまそうとする人間がいます。

愛情を運んでくださる人間が沢山いる中で
腐れた根性を持っている人間もいるんですね。


哀しい現実です。。。


そんな事をしてまで大金を手に入れたいか?

『死にたくない』。

そう心で叫んだまま津波に流され
命を失ってしまった人間がいる中で。


まだ見つかっていない親族を
瓦礫の中から探しだそうとしている人間がいる中で。


生き延びたと思っても
あらゆる傷害やストレスと戦っている人間に対して。

てめえの事しか考えられぬ
腐れた根性の持ち主は

だまし取ったカネと共に
死ぬまで苦しんでいただきたい。


もも


2011年5月 6日 (金)

やらせてもらっている。

日々の営業と炊き出しの準備に追われて


報告ブログが遅れてしまっています。。。すみません


。。。。。。。。。。


綜合調理師会の各会員のお店にご来店いただいた方々のご厚意や
ライオンズクラブなどからのご厚意

そして
各会員のご友人、お知り合いの方々からのご厚意をいただきながら

私達は炊き出しをさせていただいています。


もちろん私達個人も
募金をしながら参加させて頂いています。

。。。。。。。。。。。。


5月1日。

この日も伊達市梁川体育館へと車を走らせました。

160名ほどの人数。

確かに減ってはいますが

政府の言う「計画的避難区域」の方々が
これからどこへ向かうのか。。

仮設住宅の建設が待たれます。


この日は
「日本料理 多可橋」の料理長 高橋さん率いる"チーム高橋”と
同行しました。


献立は ◆タラの唐揚げ きのこあんかけ
    ◆けんちん汁
    ◆イチゴ
    ◆山菜のお浸し


以前にもご紹介した【 梁川 万よし 】の調理場をお借りし
準備を進めます。

もちろん下処理は前日にしておいたのですが
『 とにかく暖かい物を 』と言うのが僕達の願い。



調理や味付けなどはギリギリで行います。

万よしさんから体育館までは車で5分ぐらいの場所。

”みんなが待っている”

そう思うとアクセルを踏み込む足に力が入ります。

気になっていたのは

布団の下に敷いていた段ボール。


まだアレを使っているのか・・・


真っ先に確認しました。



やはりそのままでした。


もう暖かくなってきたとはいえ
時に寒い日もあります。


何とか出来ないものでしょうか。。


山梨県からの支援の方もいらっしゃいました。
地元に帰ったら
避難所の様子をぜひお伝え願いたいと思います。

子供達が遊んでいました。


『 写真撮るよ~ 』と言ったら・・・



とても良い笑顔!(o^-')b


子供の声が響くと
大人たちの表情も柔らかくなります。

そして今回は
【 日本バーテンダー協会 福島支部の皆さん 】が新たに参戦! 

 たこ焼きを提供してくれました。



体育館の中では極力火を使えないので
外にある特設ブースで。



一人8個のタコ焼き1280個を見事焼き上げてくれました。



デザートのイチゴも準備OK



アツアツのけんちん汁とタラのキノコあんかけ


やはり汁物は人気があります。



体育館の中では白いご飯とお浸しが配られます。


いたるところで
『 今日はごちそうだなぁ~ 』
『 こでらんにな(こたえられないな) 』
『 病みつきになっちまう 』

などの声が聞かれ
「喜んでいただけた」と参加メンバーホッと一安心。


最後にみんなで体育館の中に入ってご挨拶。


バーテンダー協会の代表と

本来ならば高橋さんが挨拶する予定だったのですが
高橋さんは仕事の為、先に店に戻られたので僕が挨拶しました。


もも 『 最初ね、今日来るメンバーって5人だったの

     でもね、フタを開けてみたら25人も来たんですよ 』

   『 みんな何かしたくているんですよ。
     ”してあげたい”じゃなくて”させてもらっている”の。』

   『 また来週もその次も来るから、僕達を応援してください。
     僕達も皆さんを応援しますから 』


 大きな拍手をもらいました。

初めてここに来た時には
ここまでの繋がりは無かったように思いました。

僕達が運んでいるのは食材じゃない。


気持ちなんだと再確認。


頂いています。僕達も。

。。。。。。。。。。。。。。。


「やらせていただく気持ち」

避難所の事務所前に貼ってあった紙です。

みんな初めての事ばかりで
ボランティアの形を思考錯誤しています。

それでも
行動無くして信用や信頼は産まれはしない。


それだけは知っている。


またあさって行ってきます。


今度はトランプでも出来るといいな。


もも

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