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この道に入って20年・・・。早いものです。

 カウンターがあるウチの店には、色々な方との出会いや話が聞けるという利点がありました。

 そしてこのブログでも色々な方とお話しできたら、と考えています。
 ぜひ書き込みお願いしますね。

 今夜もどんなお客様と出会えるか、楽しみです。

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僕の考え。 Feed

2012年2月22日 (水)

ホンネ。

相変わらず、
忙しい日々を過ごしています。


調理師会であったり、

浅草へお邪魔して福島の地酒を紹介して売ってみたり、

炊き出しをしたり、

ある意味、充実しているのかも知れませんね。



でも、

ずっと書いて(吐露して)きたブログが
これだけ長期間疎かになっているのは、
別の意味があります。


一月の末にまちなか広場で行った
「イベントでの出来事」も
その気持ちに拍車を掛けたのかも知れません。


ちょっと今はまだ

楽しいブログを


僕は書けません。


まだ何ひとつ終わっても

まだ何ひとつ片付いてもいない現状で

僕はまだ[普通]を探しています。


もも


2012年1月17日 (火)

やらせてもらっているんだ。


昨日、
大阪と京都から
福島の除染に来てくださっていると言う方々が
ご来店くださいました。


皆さんは17年前の阪神淡路大震災も経験しており
その時の話も聞く事も出来ました。


帰りがけ、

『 また帰ってくるから!! 』

笑顔でそう言ってくださいました。

福島の復興は除染から。


今、福島はいろんな方々に支えられています。

感謝ですconfidentheart02

。。。。。。。


17年前、

僕は
恥ずかしながら募金しか出来ずに

その「募金した」という安心感だけで終わってしまったのです。

被災者。

被災地の一人となった今、


『 なぜあの時もっと動く事が出来なかったのだろう 』と

後悔先に立たず。


です。。。down

。。。。。。。。。。。。

今週の22日も炊き出しがありますが

調理師会の理事会や
学院大学での講習会打ち合わせなどの為
僕は参加できません。。


毎年
1月・2月は何かと物入りで
身体が空きませんね。。。coldsweats02


。。。。。。。。。。。

炊き出しの時に

『 やらせてもらっている 』と言う事を教えてもらえました。

最近になって思うんです。

仕事だって

会の役職だって

『 やらせてもらっている 』んだって。

自分から手を上げて

『 俺がヤル 』なんて人は
そういないのではないでしょうか。

企業家は別ですョ。pig

でも大概は

周りにいる仲間や 

家族などに支えられて


    『 やらせてもらっている 』

あとはその役職を
任期満了まで
精一杯やらせてもらうだけなんだって。


       ~ 今自分に出来る事を精一杯。 ~


悔いの残らないように。


もも


2012年1月 2日 (月)

おせち2012年版


完成しました。桃の井謹製二段重おせち。

毎年、
当店のおせちには「説明書」なる物をお付けしています。

おせちに入っている食材やその意味、
語源などを書いてお付けしているのですが
総括として「あとがき」を書いています

おせちの「掛け紙」に
自分の考える一言や
祝詞や賀詞などを添えるようにしていたのですが

今年ほど迷った年はありませんでした。。。


おせちの仕込みや
献立を考えるのは毎年9月


おせち自体、造って良い物かどうか大いに悩み

   『 今年は造らない方が賢明ではないのか 』

スタッフと悩みぬいたのも事実でした。


しかし、
多くのお客様からの「応援のお言葉」やスタッフの気持ちから

『前向きに生きよう』と、おせちの作成を決断したのが11月。


掛け紙の一言やあとがきを最終的に印刷したのは12月27日の事でした。

。。。。。。。。。。。。


悩んだ末に
僕が掛け紙の一言に選んだのは『 福(ふく) 』。

『招福』『福運』『福気』

そして何より

   心から愛する『福島の福』を表し

「その福が福島に到(いた)るように」と願いを込めました。

。。。。。。。。。。。。

今回、初めてお付けした「起き上がり小法師(こぼし)」は
会津坂下町の曙酒造さんにお伺いした後
会津鶴ヶ城で買ってきたものです。


      「何度でも立ち上がろう。」


      「福島人なら何度でも。」


そんな気持ちを共有したかったから。


。。。。。。。。。。。


始まったばかりの2012年ですが

良い事ばかりでも
悪い事ばかりでもないはずです。


前向きに生きて
転んでも手と手を繋ぎ合って

共に生きていきましょう。

まずは
出来る事から初めて行きましょう。

僕達も一歩一歩進んで行きたいと思います。


              味乃桃の井 代表 桃井優吉


2011年12月13日 (火)

炊き出し12月11日


あの大震災から9ヶ月。


アッと言う間と言えばそんな感じもする。

でも、
今になって思う事がある。

。。。。。。。。。。。。。。

この日、
僕は炊き出しをやっていました。

今回は炊き出しだけではなく

「お正月の〆飾り」をみんなで造る事もひとつでした。



ひとつひとつ造り上げていきます。


あんな事が有った今年。


「だからこそお正月にこれを飾って欲しいshine
と考えてくれたのは浅草と上野の人達。



辺りが暗くなった頃、
僕達は炊き出しの追い込みをしていましたangrysweat01

すると、
どこからともなく・・・


   『 どうもないpaper 』

   『 何か手伝えることあるかい?catface 』


と、仮設に住む人達が集まってきてくれましたlovely

2か所に対する炊き出しは
思った以上に手間が掛かります。


皆さんのおかげで
定刻通り振舞う事が出来ましたnotes


ホント感謝感謝です。confidentheart01up

僕達と仮設に住む人達との
コミュニケーションが取れてきたのかなと思ったら

凄くワクワクと嬉しさがこみ上げてきましたconfidentup

2か所目の仮設の人達と話している時にも
そんな事を思いました。

皆さんは浪江から避難されている方々ばかり

漁業を中心に生計を成り立たせていた方々が多いのです。


船も無い

家も無い

有ったとしても戻れない。


そんな悔しさと
福島市の寒さなどと戦っているのです


中には〆飾りを見て
『 ウチはお正月迎えられないから…coldsweats01 』と言う方もいました。

津波に身内を流されてしまった人。

地震の被害にあってしまった人。

聞けば
様々な理由がありました。

大河原さんは

大河原さん 『 〆飾り、ちょっと不味かったですかね。。。coldsweats02 』 


と困惑した様子でした。


もも 『 でも僕達の気持ちは伝わった様子でしたよwink 』

僕達が運んでいるのは食糧でも飾り物でもありません。


   ”気持ち”を運んでいるのですから。


。。。。。。。。。。。。


仮設住宅での自殺が増えていると聞きます。


少なくともこの2か所で
そんな事が無いようにしたい。

仮設の会長さん 『 2年が限界だと聞くんだ 』


2年はみんな我慢出来る。
そう言うのです。

苦しいと思います。

悩むと思います。

僕は最後にこう言いました。


もも 『 とにかく、今年は ここで年を越さなくてはいけないからない。 』

   『 事故とか風邪とか、そういう事の無いようにしなくちゃいけないよない 』 


皆さん 『 そうだな。とりあえず、ここで越さなくちゃな 』


今、各地の仮設住宅では
窓を二重サッシにするなどの追加工事が進んでいます。

         『 とりあえず 』 です。

いつか戻れる日を夢見て。


。。。。。。。。。。。。。。

アッと言う間と言えばそんな感じもする。

でも、
今になって思う事がある。


      『 頑張らなくても良いんだよ 』

5月に
東京上野の睦会さんに呼ばれて
復興イベントを行った時には思えなかった事。


でもこれは、
睦会の皆さんに言われた事でもある


今は被災地のみんなに言いたい事になりました。


9ヶ月経ったいま。。。


もも


2011年11月11日 (金)

浅草を経て

東日本大震災は

多くの犠牲者を出し、

多くの避難者をだし、

多くの建物を壊しました。

その後に続いた大津波は

街を呑みこみ、

人を呑みこみ、

生活を呑みこんで行きました。


 2011年11月11日


8カ月経った今も

各地に行方不明者がいて

原発周辺では捜索すら出来ないでいます。

福島に限らず
各地に蒔き散らかされた放射能は

”除染”などという

極めて原始的な方法でしか対応できないでいます。


人の庭に毒を蒔き散らかしておいて

『 皆さんの手で一緒に 』と言う。


東電だけでなく
県も市も口を揃えてそう言うのです。

福島以外の地域や都道府県では

原発事故やその被害について
テレビ・新聞などで目にすることは少なくなったと聞きます。

何か「特集」でもなければ
もう日々の生活の中に出てくることはないでしょう。


僕達の周りでは普通に2マイクロシーベルトあります。


側溝などでは3~7マイクロあります。

『 除染が進んでいる 』などという報道を見ると
取材に来てない事が良く分かります。

福島の全土を除染するのに
何年・何十年掛かるかわかりません。


素晴らしく美味しい牛肉を
何十年も掛けて造り上げた「飯館村」は
人も家畜もいなくなり

夜になると真っ暗になります。


村や町が
夜、誰もいなくて
真っ暗になるのです。


想像できるでしょうか?

福島で生き延びた子供達の生活をご存知でしょうか?


寝る時以外、
首から「ガラスバッチ」なる物を下げ



僕の子供達も同じようにガラスバッチを首から下げ

授業を受け

”除染”された校庭を走り

友達と遊びに行くのです。


この現状

この現実を
想像できるでしょうか?


「だからなんだ?」


そう言われても何も言えません。


「わかってくれ」とも言えないのです。

今の福島に必要なのは

今の福島県民が欲しい物は


今までどおりの生活なのです。

日々の生活の中で

「我が子の甲状腺被曝から来る発病」や

「福島で生活を続けるために商売をする事」や

「誰も身内の居ない場所への転出」や

「友人・親・兄弟と離れて暮らす恐ろしさ」などと

毎日毎日葛藤しながら生きています。


毎日
何かに脅迫され、選択を迫られている。


そんな想いを
常に心に抱いています。

   『 福島の復興失くして日本の復興なし 』


ありがたい言葉だと思いました。


けど、

福島を捨てる勇気が無くなるまで
このまま行くのではないかとも取れるのです。


       あの日あの時、避難命令が出ていたら

家族に何かあったら

政府の対応や
あの時の総理大臣・官房長官を恨む事でしょう


僕自身も
あの日あの時の雪をかぶっています。


僕達大人は良い。

    『 でも子供だけは!! 』 

福島の人達は本気でそう思っているのです。

東電の社員全て
除染チームとして福島に来て欲しい。


社員を解雇するのではなく
除染の為に働いて欲しい。


浅草のイベントで感じた事は

距離と言う名の感じ方の違い。

酒を売る、買ってもらう事によって

福島の生産者が助かる。


スーパーなどに行った時に
「福島」と書いてある食品に手を伸ばしてもらう。


 それは充分、”復興支援だ”と思います


それ以上求める事や

それ以上の想いを求める事は良くない事なのかもしれません。

思うのは

「福島に」と言ってくれて
イベントをやってくれる人達への感謝です。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


     - 普通の生活という明日へ -

今回、東京の人達が行っているプロジェクトのサブタイトルです。


普通の生活を取り戻すために

「普通の生活をしながら」
やらなくてはいけない事が大きすぎて


「このままではいけない」


みんなそう思っています。


一部報道などで
『 避難者はパチンコばかりしている 』
などとありますが

そんな事をしたい訳ではないはずです。

当たり前に
普通の生活を営みたいのです。

      ~ 未だ遠い「当たり前」~


僕達は福島に住んでいます。


もも

2011年9月23日 (金)

巨星散る。

ご存知の方もいらっしゃるかも知れません。


あすの朝刊に載るのかも知れませんが


桃の井と同時期に開店した
老舗の旦那さんが亡くなりました。

享年72歳。

僕が東京から戻った時も
「マー君。マー君。」と声を掛けてくださった方でした。

『 ウチの息子よろしく頼むな 』が口癖でした。

その最後も「あの人らしさ」を感じる最後でした。


人を愛し
会を愛し
宴を愛し
店を愛し

しきたりを重んじ

時に厳しく
時に優しく接してくれました。

良き時代の戦人でした。

また一つ

昭和の大きな星が散っていきます。


あの人から教わったこと沢山あります。

手とり足とり教わった事ではありません。

話の節々から教わった事。


そしてそれを実践できていない今の自分がいます。


遅くは無い。

今日明日からでも始められますよね。

日曜日。

しっかりと送ってこようと思います。


合掌。

もも


2011年8月31日 (水)

借りている器。


自分のカラダ。

自分のモノの様で
実は借りているモノなのだと思う。


人それぞれ
身体的な悩みなどはあるものです。

”その悩み”は
人と比べる所から始まります。

でも、
両親から半分づつの遺伝子を分けてもらい
造り上げてもらった「 器 」。

その中に
僕達の「心」というか「精神」と言うか
”入居”させてもらった。


神様がこの世に居るのならば
神様にお借りした器なのだと思ったりもする。


事前に言っておきたいのですが
特別な宗教に属している訳ではありません。


どちらかと言うと無宗教。

でも一応
浄土真宗になるのかな。

。。。。。。。。。

震災によって傷ついたり
失ってしまったりしたカラダ。


でも、
その魂はまだ生きている。

この世にいる人間は
その経験を後世に語り継いでいったり
子孫にその事を”告白”していく事でしょう。


生きている事。それだけで告白。


亡くなってしまって
今、目の前にいなくとも

兄弟、子供や孫たちにその遺伝子は残され

生きている。

。。。。。。。。。。


生きながら魂の修業をしている。

次の世界はどこになるのか
果たして存在するのか

そんなことは分からないけれど


今世で修行しきれなかった事を
次世で修行するのだろう。

カラダは器。

お借りしている器を
大事にしながら

魂を磨いていくこと。

鬱になろうと
病気になろうと
怪我をしようと
「死」すらも

どんな経験だって
すべて勉強になっているはず。

その人生の中で
人に出会い
人を愛し

ケンカもし
殴り合うことだって

人として経験を積んでいるのでしょう。

どこへ行こうか分からなくなった時には

ひとりになって立ち止まり
一休みや人休みをする事だってあると思う。

時に悩んだり
人を好きになったり
別れたり
自己嫌悪に走ることだってある。

一番怖いのは「一人」と言う事。


そんなに強い人ばかりでは無い。


声を掛け合い
肩を寄せ合い
親身になって話し聞く事が必要だ。

自分の人生がどれだけ続くのか
誰も知る由は無いけれど

生きることは告白をし続けていく事。


今、自分がどこに居て
周りにどれだけの人がいるのか
自分をどれだけ気に掛けてくれているのかを知る為にも

人と出逢い、
”自分”と言うものを告白をし
相手を気遣い
共に時間を共有していく。

その中に自分を見出していく事も
立派な人生で


必要とされ
生きていく事に繋がるのだと思う。


大勢の人に必要とされる事は無い。
たった一人でも良いのだと思う。


大切なことは

必要な人に必要とされ
愛している人間に愛されているかどうかという事で


友人であれ
恋人であれ
親であれ
子供であれ
伴侶であれ

最後に
愛すべき人に愛されていく事が出来た人生ならば


結果がどうであれ
幸せな人生なのではないかと思う。

愛していますか

愛されていますか

愛されていましたか


いま、
借り物の器で
それを確認しましょう。


自分の人生。自分の時間。だもの。

楽しくするのも
辛く暗く生きるのも

自分がどんな種を蒔いたかだと思う。

「夢」「苦労」「病」「楽」

後は刈り取る時が来るのを待ちましょう。


明日は種を蒔く日か、刈り取る日か。

それが分からないのも人生。


でも自分が行動しなければ出来ない事。


やるかどうかわからないけれど

自分だけの人生です。

愛すべき人生にするか
哀しむだけの人生にするかどうかでさえも。

自分の一歩で始まります。

もも

2011年8月27日 (土)

不安。


今まで40年間も生きてきたけれど

「なんとかなるさー」で来れた問題の方が多い。

今ほど「先の事」を考えた事も無かったかも知れない。

【先】と言っても数年や10年ほど。

今は30年。


放射能って本当に見えないんですョ。

『スゴイ数値だ!スゴイ線量だ!!』と騒いでも
ガイガーカウンターが無ければ分からない。


御医者様に聞いてみても
『 あの位(の数値)なら大丈夫 』

とおっしゃる。


でも分からない。というか本当に大丈夫なの?

過去に無い事故で
記録も何もない。


信じれるものが何もないから
不安になる。

自分ひとりで何とかなる物なら
今までの経験が役立ったり
諸先輩方の経験談でその不安を抑えたりもするのだろう。

全ては子供の事。

福島市は他の市町村と比べると
線量が幾分高い。

検査をした
いわきの子供たちの半分からは
甲状腺に被曝を認める結果が出た。

      『 ここに住ませて良いのか 』

いつでもその不安が頭をよぎる。


真綿で首を絞められているようだ。


しかしいつも思うのだが


僕のブログは
料理の事書かないなー。。。


もも

2011年8月 5日 (金)

tane。


良い事も悪い事も


全て自分が種を蒔いている。

。。。。。。。。。


今日と言う日を一生懸命働いて

お客様に喜んでもらえれば
またご来店していただける。


今日と言う日を、
中途半端に仕事をすれば
もう二度と足を運んでいただけはしない。


次に繋がるような動きをしなくてはならない。

。。。。。。。。。


人付き合いもそうなのだ。

調子に乗ってイザコザを造り、

誤る事を怠ってしまったり

”相手を傷つけた”と言う事に気が付かなければ


その人との間には溝が出来てしまう。

    もう少し気をつかえる人間だったハズ。


そう気が付いたならば

もう一度種を蒔こう。


一人ぼっちにならない種を。


もも


2010年12月27日 (月)

失ったものと得られたもの。

今年僕は、
色んなものを失った気がしていました。

お客様もそう。

スタッフもそう。

友人もそう。


他にも色んなものを失ったけれど

やっぱり大きなものは『 人 』ですよね。

またいつか逢えるのならばまだ良い

…といいますか
「救われる時」が来るのかも知れない。

。。。。。。。。


人それぞれ、
亡くなってしまったり、

何かチョットした事が原因で
気まずくなってしまったり、

なにか特別な理由で
生き別れる事もあると思うんですね。

今日もある人とそんな話をしていました。


でも・・・、

秋祭りの時に出逢った
橘内酒店の橘内さんとか

酒の会を通じて知り合えた人達もいた事に気が付いたんです。


『 失ったものばかりでは無かったな 』


そう思えた事は僕にとってプラスでした。


多分、今の僕は
その人達に支えられて

こうして立っていられるのかも知れません。

『 失う 』という事は『 得られる 』

という事なのかも知れませんね。

そうそう、

瀬上町にある【 福島学院大学 】へ行って
”料理講習会”をやった事も一つかも知れませんね。

ウチの会長でなければ
依頼も来なかったであろうこのイベントに

調理師会のみんなと何度も何度も打ち合わせをし、
朝早くから出向き

初めてながらご好評を頂いたという事も
参加した調理師会員全員「良い経験」となった事でしょう。


   ~ 人は人とふれあう事でしかオトナにはなれない ~

今までもそうでしたし
これからもそうでしょう。


~苦しいから逃げるのではない。
   逃げるから苦しくなるのだ。~


正直、
逃げ出したい事ばかりですが(笑)


その先に何かあるのかな?

頑張っていれば何か生まれるのかな?

何も生まれないどころか
壊れていく事ばかりなのかな?

色んな事をアタマの中、駆け巡ります。


が、


今日もまだ仕込みは続きます。

今年のおせちも
やり残した事など無いように

精一杯を持って
頑張りたいと思います。         もも


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